漢字の秘密


「理」は魂の故郷を暗示

 漢字の中には道や真理に繋がる、さまざまな事柄を暗示する多くの秘密が隠されています。そのたくさんある中で、まずは「理」という文字について、考えてみましょう。

 「理」は真理であり、永遠の極楽、理天界です。また全ての根源であり、絶対不動のものです。
 「理」という字をよく見ると、王と里からできています。王とは主であり、キリスト教で言う主、すなわちラウム様のことです。理とは、主たるラウム様のいらっしゃる里ということになります。

 また、王とは玉のことでもあります。へんで言うと玉へんに属しています。この玉とは魂(霊)を表しており、すなわち御魂(みたま)のことです。そして魂は肉体の主、本体でもあるのです。その魂の里、故郷と書いて「理」となるのです。これこそ理天が魂の故郷であることを暗示しているのです。

 そしてさらにこの理天に到るために、「一」を得ることが重要であることも暗示しています。一とは一指貫天の法、玄関の一点のことです。もし「理」の文字の中の王から一を除いてしまったならば、土に変わり、「埋」という字になります。これは、一を得なければ六道輪廻の世界、迷いの世界に埋まってしまうことを暗示し、一を得てはじめて理天極楽世界、悟りの世界へ入ることができるのです。
 「理」という漢字一字をとっても、このようにたくさんの道に対する暗示、教えが隠されているのです。


「一」は根源を現す文字

 「一」の漢字についてもう少し書いてみます。

 「一」は「はじめ」とも読み、数字の一番最初の数です。一がなければ二も三もありません。ゆえに一は根源を表す文字です。

 天道の得道とは、魂の根源を得ることであり、一指貫天とか頂門の一針、一点点破、一を得る、とさまざまな言い方によって得道のことを表わします。この一を得ることが如何に大切なことであるかが漢字の中にも暗示されています。

 先ほど、「理」という字から一を取れば「埋」となると書きました。これは一を得ていなければ輪廻の世界に埋まってしまい、一を得てはじめて理天界へ返ることを意味しますが、同様に「幸」という字から一を取ったら「辛」という正反対の意味になります。一を得てはじめて本当の幸福を得ることを表しているのです。

 また、「一」に「止」と書いて「正」となり、正しいから「一」を取れば「止」しまいます。魂の正門、玄関の一点に気を集中し、一に止まれば常に正しい判断ができます。これは玄関を守るという意味で玄関と言います。逆に一に止まることができずに気が四方八方に散って走り回っている状態を表わしたのが「迷」という字で表わされます。一を聞いて十を知る。まさに一を得てすべてを悟ることが叶うわけです。

 最後に「体」から一を取ると「休」となります。たまには一息入れて休みましょう。


漢字に隠された玄関の秘密

 玄関(霊の正門)の位置は天の機密になっており、その位置を示すことは天壇の天灯下でなければできません。しかし天機ギリギリでその位置を暗示する事柄はたくさんあります。

 例えば、「眼横鼻直(がんのうびちょく)」などはズバリその位置を暗示しています。そして聖人の「聖」の字も王の上に耳と口が書かれていますが、王=玉=魂なので、魂は耳と口の交わる所にあるらしいことを暗示しています。また神道の禊払いの中に出てくる「たちばなの小戸」=「立ち鼻の小戸」=鼻の上に小さな戸があると暗示しています。

 また、その位置を表しているのではありませんが、「悟」という字も玄関を暗示している漢字です。「目・鼻・耳・口」を四門(しもん)と言いますが、この四つ以外に顔の中にもう一つの出入り口があり、その五番目の口を得て吾となり、それに心を表わすりっしんべんが付いて「悟」となるのです。

 また、達磨さんの「七転び八起き」もそうです。玄関を得ていないと、霊は目・鼻・耳・口から出て四生へと転生してしまいます。すなわち目が二つ、鼻の穴が二つ、耳が二つ、口が一つで合計七、この七つの口から出ると輪廻の世界へ転び、八番目の出入り口、玄関より出ると起き上がることができる、理天界に帰れるという暗示です。(実は達磨さんは天道の道統の祖師のお一人で、このことは御聖訓で明かしてくださったことです。)

 これには守玄と深く関係があります。「四に非ず」と書いて「罪」という字になりますが、おおよそ罪はこの目・鼻・耳・口によって作られます。「迷う」という字はしんにょうに十字が描かれ、さらに四方に散っている様を描いています。これは、十字の玄関に集中しなさい。四門より気を散らせば四方八方に散って走り回り迷うということを、漢字で表しているのです。目に見えることや人の噂等に惑わされることなく、常に玄関に意識を集中し物事を判断すれば、自然と正しい判断ができ、迷うことがない。それが悟りの境地なのです。