恩師 弓長天然古仏

道盤統掌 東土第十八代祖 白陽第二祖
路中一祖より道統の天命を継承し、東土第十八代祖として道盤の天命を統掌したのが恩師弓長祖である。弓長祖の生い立ちや道に出会うまでのご苦労は白陽新聞社より発行の『弓長伝』に詳しく書かれているので、是非ともそれをお読みください。
弓長祖は一八八九年八月十八日(旧暦七月十九日)、中国の山東省済寧の地に生誕された。姓は張、名は光璧(こうへき)、道号を天然と申された。
弓長祖の生まれ育った張家は、豪農・大地主であり、先祖代々よりの慈善家であり、教育家だった。弓長祖は、この家に生まれ育ち、古聖の教えを学び、学問を追究して道の理想にまで到達された。
弓長祖が二十五歳の時、路中一祖を訪ね、三宝を授けられた。得道により即座に迷いが晴れ、以来、路祖のそばから離れず、伝道には必ず随行し、その教えを吸収し、一九一六年、臨時点伝師としての天命を拝受した。
路中一祖は自らの帰天が近いことを悟り、弓長祖を自室へ呼び出し、『自分と共に一万八百年間の「天盤」「道盤」を担って行って欲しい』と告げられた。弓長祖は辞退し続けたが、路祖は道務全般を他に頼み任せて、大正十四年(一九二五年)陰暦二月二日にご帰天された。弓長祖はその後、諸先輩の説得を受け、昭和五年(一九三〇年)夏季大典において洪誓大愿を発し、謹んで萬八道盤の天命を拝受された。当時の中国は伝法が難しい社会情勢だったが、恩師は政治とは一線を画し、危険を覚悟で我が身を捨てて衆生救済に奔走された。投獄や反逆などの受難を受けながら天道を大いに発展させた。
恩師弓長祖は、巴郡道脈百年の祭儀を行われ、翌一九四七年の夏、娥眉山参詣をなされた。岩に道を阻まれたことをもって帰天の時を知り、一九四七年九月二十九日(陰暦八月十五日)中秋節において帰天された。五十九歳の時だった。
詳細は、天通新聞社発行の 『弓長伝』をご参照ください。