天道と宗教の違い


 宗教が違うと思想も違います。そのため宗教同士の対立や争いも世界中で起きています。

 しかし、宇宙はひとつ。そして、創造神である、私たちのたましいの親神さまもお一方です。

 天道は宗教の「根」に当たるものです。天道はあらゆる宗教の根元であり、あらゆる宗教が最終的に帰り着く「大元(おおもと)」です。

 山に例えれば、宗教は各登山口であり、山頂が天道となります。また、木に例えれば、天道を根っこにして五大宗教の枝が分かれ、さらにそこから多くの葉っぱとなる宗教がたくさん生まれています。

 天道は、お釈迦さまやキリストさまをはじめ最高峰の聖人の方々が求め、十数年の苦行の後にやっと得られた「法」そのものです。

 聖人の方達が、修行の末に得た悟りをもって、その国や文化にあわせて分かりやすく、周りの人たちに「道」の存在を説いた教え。それが宗教として今の世に語り継がれているのです。


天道には天命(ラウム様による命)がある

 天道は、親神ラウム様の直々の命令が砂文字(御聖訓)を通じて直接人に伝えられるため、教祖がおりません。

 全てがラウム様の御命を受けて行われ、ラウム様の御命によって動いています。


天道には真の救いがある

 宗教を通じて、聖人の遺された教えを学んでつとめれば、心と体の救いを得ることができます。

しかしどの教えにも「本当の救い」「真理」が「ある」ということを教えていますが、その救いが「何か」は明かされていません。なぜなら聖人の方々の生きた時代には、一人から一人にしか道を伝えることが許されていなかったので、「道」そのものが書き残されていないからです。

ただ「教外別伝」、つまり「この教えの外に別に伝わっている」とだけ書かれていたり、「時が来たら法を伝える者が現われる」と書かれています。

 ですので過去の教えを学ぶだけでは、本当の救い、つまり霊(たましい)の救いを得ることはできないのです。

 天道には心と体の救いだけでなく、霊(たましい)の永遠の救いを得ることができる「得道(とくどう)」があります。

 これは宗教を興した聖人の方々が受けられたものと全く同じ法です。


永遠の極楽、理天界に帰れる

 生涯をかけて宗教をおこなっても、輪廻解脱はできませんし、本当の神の世界に行くことはできません。人道を全うして、もし死後、一時的な仮の天国「気天界」に昇ったとしても、また苦しみの多いこの世に肉体をもって生まれ変わらなくてはなりません。

 霊にとって、最も苦しい事とは、生まれては死に、生まれては死に、という修行の旅がずっと続き、終わりが見えない事、安住の地が永遠に無い事なのです。

 この「得道」を受ければ、輪廻転生(生まれ変わり)を解脱して、永遠の極楽世界であり、ラウムさまのいらっしゃる真の天国である理天界へ帰ることができます。 

 終わりのない苦しみから解き放たれ、ラウム様の御許(みもと)へ帰る事がかないます。