副天盤 観音古仏


副天盤 観音古仏(かんのんこぶつ)

 弥勒古仏を補佐し慈愛をもって衆生を導かれるのが観音である。現在は白陽時代と呼ばれる時代だが、この時代の天盤、すなわち宇宙の総理大臣的なお役が弥勒古仏であり、副天盤、副総理が観音古仏である。弥勒が呵々大笑にて全て受け容れる包容力であるとすれば、観音は慈愛、優しさ、母性をもって導く。特に水子や不成仏霊、四生霊など下層の霊、弱いものを救う象徴であり、観音の救苦救難の悲願がそこにある。

 観音の前世に関しては、年代と場所は明確ではないが、紀元前二百五十年ごろ興林国(今の新彊・ウイグルの南部・コータン)の第三王女、妙善姫として生誕された。出家して妙善大師となり、難行苦行の末に燃灯古仏より天道の三宝を授けられ得道された。法を得た後にはさらに多くの者に道を説き人々の感化に努められた。そして涅槃(帰天)の際に「甘露の法雨を散らして汝等の煩悩の焔を滅す。柳の枝の一払いを以て水火風の災難を消除(のぞ)く。凡ゆる所で我を求めば凡ゆる所で汝等に応う。常に苦海に迷う衆生を永く救い続けて終らず。肉体や世の総ては亡ぶと雖も真身の実相は常に滅びず。」と唱えたと言われている。この涅槃入寂のお姿が観世音菩薩として成道されたお姿である。

 また、観音の前世である妙善姫のさらに前世は慈航尊者と呼ばれる男の聖人修行者であった。しかし、当時女性は弱い存在であり、救われ難いとされていたため、女性であっても救われ、また聖人、菩薩とも成れることを示すためにあえて女性へと転生したと言われている。観音はまさに弱きもの、救われがたいものを慈愛をもって導く悲願は全てを救い尽くすまで終ることはない。全ての霊の慈母として、親神ラウムさまの慈悲仁愛の心を世に顕現させる菩薩としてその神職を担われている。

 観音さまは凡ゆる苦しみと難を救うため、千手、聖、馬頭、十一面、准胝、如意輪など様々な分身化身をもって示現される。天壇に向かって左側に掲げられる観音の写真(絵画)は、かつて観音さまのお姿として霊示され折りに写真に撮られたものであると言われている。
 また、観音の姉妹であられる妙音姫は大智師利文殊菩薩となられ、妙元姫は大行能仁普賢菩薩とになられた。

 また、観音は涅槃(ご帰天)の後、菩薩へと封じられ、さらに古仏と成られた。南海普陀の落迦山の蓮台(白蓮)に安座されたため、南海古仏と言うご神名をもって表わされる。

 弥勒大仏の顕現に先駆けて、観音の象徴たる場は観音堂として表わされ、様々な分身たる観音の像がその周りに配され、また千躰観音像として奉られている。本堂たる三仏宮へは敷居が高く直接行くことが出来ない下層の霊を観音堂は受け容れ、そして弥勒、観音、天然古仏の三仏の象徴、普渡収円の象徴である三仏宮へと導くのが観音の象徴である観音堂である。

【出典・参考】『観世音菩薩伝』より