三期と末劫


~青陽期と紅陽期と白陽期~

 天地が開闢(かいびゃく)され、天地が極まり尽きるまでの大きな宇宙の巡りを一元(12万9600年)と言います。その一元の中に子(ね)から亥(い)までの十二会(じゅうにかい)がありますが、会が変わる度に気象をはじめとした大きな変化があります。

 さらにその中にいくつかの期間があり、その期ごとに平和な時代と劫(災い)があります。このように平和な時代と劫の時というように、いくつかの波を越えてここまで来ました。

 今は天地の開闢から六万年以上を経過した時であり、午の会と未の会の変わり目に来ています。この時に三つの期間があり、またそれぞれに劫があります。


青陽期(せいようき)

  第一期は青陽期と言い、約4500年前から1500年間続いた時代です。この時は九つの大きな災いがありました。特に洪水等の水による災害が多かったため、「龍漢水劫(りゅうかんすいきょう)」と言います。ノアの方舟時の大洪水もこの時のものだと言われています。

 この時代は季節で言えば春に当たり、青い色を最上として、好んで青色が使われていました。また蓮(はす)で言えば葉の時であり、神仏への拝み方も蓮の葉を模して片手で行なう時代でした。


紅陽期(こうようき)

 第二期は紅陽期(こうようき)と言って青陽期の終りより西暦1900年(明治の中期頃)までの約3000年間です。この時は戦火等、十八回の大きな災いがあったため、「赤明火劫(せきめいかきょう)」と言います。この時代は季節で言えば夏に当たり、赤い色が好んで使われました。また蓮で言えば赤い蓮の華であり、拝み方も両手で拝みます。

 

白陽期(はくようき)

 第三期は白陽期(はくようき)であり、今の時代がそうです。この時代は10800年間続き、白陽地上天国と呼ばれる平和な時代に入りますが、しかし平和な時代を創るには、今までの因業の清算が必要となります。九九八十一の水火風による大災難がおとずれるとされます。特に風による災いが大きなため「延康風劫(えんこうふうきょう)」と言います。

 第二次世界大戦、そしてそこで使われた原爆による爆風等による災いはその一つであると言われています。この時代はすべてを根源に返すという意味で蓮の根、すなわち白い蓮根に象徴されます。天道の拝み方が手を重ね下に手を着くのは蓮根を表わしているのです。


末劫を回避し新たな未来を切り開く

 それではなぜ末劫は起こるのでしょう。それは人類の積み重ねて来た因業によるものです。この世は因果律の世界です。原因があってその結果となります。人類がこの世を良くしようと努力し、正しい道を歩まない限り、一度作ってしまった悪因はまた次の悪因を作り悪循環を繰り返します。

 それを食い止めるための自浄作用として、淘汰清算の嵐によりなされるのが末劫です。しかし決して劫のみが降される訳ではなく、劫と共に救いの道も同時に示されます。すなわち強制的に汚れを落とすか、また自主的に因縁の清算を行うかのいずれかが求められます。

 末劫は悪業の累積により訪れるものですが、その襲来は突然に訪れるものです。ちょうど事故の場合でも今まで順調に走っていたものが、何かに衝突した瞬間に突然大惨事となります。大地震にあった犠牲者も前日までは次の日も今日と同じように平穏な日常が訪れると思っていたことでありましょう。

 この地球も突然に人類が消滅してしまうことが起こり得ます。この突然に訪れる末劫を未然に食い止めて来たのが天道の様々な護摩や修法です。様々な危機に直面しながらも、国父様の指揮のもと、神人霊の結集力によってすべてを乗り越え、遂には、この世界の次に始まる、まったく新しい世界「次大元(じだいげん)」の扉が開かれることとなったのです。天地開闢以来の一大元だけでなく、過去の144大元に渡る救いきれなかった残霊までも救える体制が整いました。

⇒次大元について詳しくはこちら