天罰/天譴雷誅


天譴雷誅(てんけんらいちゅう)

 天譴(てんけん)とは、一言でいうと天罰のことをいいます。
 得道した折、または得道者を導き引保師となった時のお誓いとして、もしそれが守れなかった場合、「天譴を受けん」とお誓いします。このお誓いの言葉を日本語に訳す前の原文では「愿受 天譴雷誅(てんけんらいちゅう)」すなわち「天譴雷誅を受けるのを願う」となります。

 天譴雷誅の意味は天道道義によれば、「雷霆(らいてい)の誅罰(ちょうばつ)を受けること、五雷(ごらい)によって身が砕かれること」と書かれておりますが、ここで言う雷(らい)とは「天律として誤りを正す為に発動する法則」のことで、天雷(てんらい)、地雷(ちらい)、陽雷(ようらい)、陰雷(いんらい)、法雷(ほうらい)のことを言います。

 この五雷、実は人間の身体にも備わっているんです!例えば、恥ずかしい時や怒った時に、顔が赤くなったり冷や汗をかいたりしますよね。これは五雷が発動している状態なのです。悪いことをくわだてて、人をおとしいれれば、居ても立ってもいられなくなります。これは陰雷(いんらい)によるものです。
 その他、さまざまな罪を犯した場合、心が乱れますが、これは法雷(ほうらい)の発動と言われています。この時に悔い改め、罪を思いとどまることが出来れば、これは天雷(てんらい)、すなわち恥を知ることができます。そして地雷(ちらい)を静めることが出来れば心穏やかとなり、他を思いやる心が芽生えます。陽雷(ようらい)を押さえれば元気を保つことができます。この様に私たちの心の働きとして悪いことを戒め、罰するのが天譴雷誅(てんけんらいちゅう)です。もう少し分かり易い言葉で言うなら「良心の呵責(かしゃく)」ですね。

 しかし、この天譴雷誅は人の心の中のみではないんです。霊界においてはまさに雷に撃たれるようなものです。かなり以前の話ですが、気天神超度の始まった頃、直辯機(ちょくべんき)と行って、御神仏が天才機守の身体を通じて、言葉をもって直接気天神と問答された時があったのですが、なんと大天使ミカエルの名を偽って出てきた霊がいまして、そのあまりにも横柄な態度を戒め「天譴を受けよ」と一喝されたんです。その直後、霊媒者の体もろとも数メートル跳ね飛ばされました。そしてその霊体は天の護法神によって鎮圧されたというくだりがあったのですが、、霊界においては天譴雷誅は理天神より直接罪の責めを受けるものなんです。また、罪を犯した霊は即座に鎮圧され、最悪の場合、魂が残撃され残化消滅の憂き目に合うことになるんです。。

 ですが、人は罪を重ねる内に心が麻痺して、罪を罪と、恥を恥と思わなくなってしまいます。これは完全に道から外れてしまった状態で、何が正しいのかさえ分からなくなるんですね。このような状態から脱するためにも、常に正しい教えに接し、また自らも守玄をして心を正し、悪しきを戒め、また互いに注意し合って行かねばなりません。そして世の中全体が正しい思いに満ち溢れ、誰もが自然と正邪の判別ができる道徳世界を築いて行かなければなりません。天道ではそれがなせます。みなで協力しあいながら実現させましょう!